お日様が燦燦と差し込む家—。
いつの頃から、マイホームはこんなにも明るいイメージになったのでしょう。
私たちが最初に建てた家も、住宅地にあり、どこからも光の入る家でした。
子どもや友人らで賑わう、あわただしくも楽しい日々。
でもそんな暮らしの中で、私の胸にぼんやりと、
幼い頃の日々が浮かぶようになったのです。
出水の農家だった実家は、がっしりとした梁がむき出しの、
昔ながらの日本家屋でした。大人たちが農作業へ出かけた後、
私たち姉妹の仕事といえば、祖母に仕込まれた床や柱拭き。
雑巾や糠袋で黒光りするように磨くのです。それは私が密かに大好きな時間でした。
当時、家の隅などは薄暗く、そこに何ともいえない安らぎがあったもの。
パチパチと火がはじく囲炉裏端のほの灯りには家族が集い、
私は祖父の温かい膝の上で、餅が焼けるのを待つのです。
「子どもたちが巣立ったら、再びあの田舎暮らしを取り戻したい」。
それが私の夢となりました。
そんなある日、新聞広告で見つけたのが「古家付き売地」の文字。
鹿児島市郊外のそこへ出かけてみると、竹林を抱え、見晴らしのいい場所でした。
牛小屋には湾曲を描く大きな梁。
家屋の骨組みは壁などに覆われて見えませんでしたが、
「天井を外せば大きな梁や柱が現れるはず!」との言葉に
時計が逆周りを始めたように家のイメージが膨らみました。
牛小屋と母屋を繋いで間取りを変え、使いやすいながらも
明と暗が同居するほの灯りの家が生まれたのです。
加えて竹林からは四季を通じて優しい風。
その中で私は、ライフワークである歴史書などをひもとく・・・。
そんな静かで豊かな時間がやってきました。
町育ちの夫や子どもたちもが、「落ちつくね」と
この家のゆったりとした時間をいとおしんでくれる—。
これがまた、私の心の安らぎとなったのです。

タニザキの民家再生で得たもの
●子どもの頃味わった日本家屋のよさを再現
手に入れたかったのは、明るすぎず、心落ち着く日本家屋のよさ。玄関にあった欄間が生かせるよう、玄関ホールは広めに確保。檜の床板や大きな梁や柱が安定感を与え、人間らしい暮らしを感じさせてくれます。
●牛小屋を趣味の部屋として利用
立派でユニークな梁が入っていた牛小屋。母屋に繋げ、趣味の部屋として利用することにしました。思いのほか音響がとてもいい部屋になったので、コンサートなどにも利用できれば、と思っています。
●クーラーのいらないロハスな田舎生活
山からの風もあるので、夏の夜でも涼しくてクーラーいらず。庭には季節の野菜も育てています。井戸も残されているので、将来的には集落の方たちと共用できるようにしたいです。
●町育ちの家族も気に入ってくれた日本人の原風景
私が思い描いた昔の田舎暮らしは、実は夫や子どもたちは体験したことのないもの。でも、日本人の原風景として心にあるのでしょうか。完成したこの家を、私と同じく落ち着く場所と感じてくれたのは何より嬉しいです。

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